友達と遊びました
前回言っていたやつで、たまたま同じ時期にヨーロッパにいる友達二人のところに行き、さらに僕の宿舎にも来てくれました。こんなに貴重なことはありません。友達と会って話すこと自体けっこう久しぶりだと思います。やっぱり楽しいものです。二人も楽しそうでよかったです。三日一緒にいたので温まった状態を保てたこともあると思いますが、僕の友達としてのパフォーマンスも悪くなかった気がします。とにかくムール貝が美味しかったです。僕の恋愛事情を心配されました。うるせー。
はっきり言ってみよう
二人は僕と違って自分の気持ちの正体が何であるか自分の中ではっきりさせておくタイプだなと思いました。それにつられる形で僕もはっきり書いてみます。
・料理をするとご飯が目の前に出てきた時のわーおいしそうの状態を何十分も続けられる形になるので、これは楽しいです。
・よく考えるとフランスという国への文句はそんなになく、単純に新しい環境・周りの人々(特に研究を指導される目線からの)に慣れていない*1ため、早く帰りたい気持ちになっていると思います。
本当かなあ。
美術館に行きました
翌週、すなわち昨日、ルーブル美術館ランス別館というところに行きました。いい感じの建物です。感想を書きます。
常設展*2は「時のギャラリー」という名前がついていて、大きな長四角の部屋にざっくり時系列順で美術作品が並んでいます。古代メソポタミアの壺から始まって、駅前にありそうな彫刻で終わります。紀元前部分が充実していて、考古学ファンとしては大喜びでした。といいつつ、一番お気に入りだったのはガラスと金細工のチェスセットでした。厨二心をくすぐります。オスマン朝のものだったかな?美術館側で推しているのは、アルチンボルドの「四季」のようです。確かに肉眼で見たらちょっと人に自慢したくなる絵です。
知ったような言い方でかなり嫌ですが、美術とその他のものづくりは分かちがたいものなのかもなあと思いながら眺めました。たくさん置いてあった器や家具はいかにもそういう話ですが、彫刻だって絵だって、それが欲しい人がいて、おそらく作ってくれよという話になって、今にいたるのでしょう。古代ローマのムキムキの人の彫刻とか、貴族の息子の可愛い姿の絵とかはいかにも偉い人が発注したんだろうなという感じがします。
一方もちろん(社会に広く)需要があるわけではなくて、もしかしたら自分しか存在してほしいと思わないかもしれないものを作るという行為も行われていて、アートといったらそういうものを思い浮かべるのが普通かもしれません。これは最近に主流になったことのようでいて、スサ*3の人が壺にいい感じの柄をつけているのも、個人的にやりたかっただけのことにも見えます。
こうやって抽象的にくくってみると、人間って何千年も変わらないんだなあというのが一つの感想です。一方で、だいたい同じようなことを繰り返しているのに、それに取り組む人が違うことでこんなに多彩な結果が生まれるんだということも思いました。僕の美術館の好きなところは、人間があまりに多様であるという事実の明るい面を見られるところなような気がします。本当かなあ。
[6/11週]やっと半分行ったよ。